■ 慢性濫読 ■

最近めっきり物忘れがひどいので、簡単な読書メモです。ミステリ多め

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『悼む人』天童 荒太  

悼む人悼む人
(2008/11/27)
天童 荒太

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だからわたしは、<悼む人>と呼んでいます。
彼のことを知りたいです。
あのときもですけど……時間が経つごとにいっそう、
彼のことをどう考えればいいのか、わからなくなってきたのです。
彼はいまどこですか。何をしていますか。
なぜあんなことをしていたのでしょう。
いまもああした行為をつづけていますか。何が目的ですか。
<悼む人>は、誰ですか。
(オビより)



感動した作品ほど、なかなかレビューを書けなくなってしまいますね(笑)



5年間に渡り、死者を悼む旅を続ける青年・坂築静人。
友達も恋人もいて、親兄弟との穏やかな家庭に暮らす普通の会社員だった静人は、もちろん僧侶でも巡礼者でもなく、ただある日突然恋人と別れ、勤めも辞め、リュックと寝袋を背に旅に出る。
彼が悼む相手は知り合いなどではなく、例えば新聞で知った殺人事件の被害者だったり、花の手向けられた道端の事故現場だったり、自ら望んで命を絶った自殺者だったり。
自分の知り得る限りの“死に場所”に、時には数年をかけて赴き、周辺の人たちに「亡くなった人が誰に愛され、誰を愛し、どんなことで人に感謝されていたか」と訊ね歩いて、亡き人を“悼む”。
そんな、一見奇妙な静人の旅と行動が、人の不幸やゴシップをネタにするライター・蒔野、夫を殺害して服役を終えたばかりの倖世、そして静人の帰りを待ちわびる末期癌の母の3人の視点で描かれていく。



なんというか……どう感想を書いていいのか、悩む作品でした。
いえ、本当に、ものすごく……直木賞を取ったから、などというのではなくて……静かにズッシリくる、いい話です。
ボロ泣きでティッシュ箱が手放せなかったし、噛み締めるように読んだから時間かかったし、付箋だらけになってしまったけど、「おまえはこういうこと、考えて生きてるか?」とイタイところを突っ込まれるような、そんな作品でした。

あちこちレビューを拝見してると、人の死がメインになってる作品のようだし、ヒネクレ者の私には「何か受賞したからって、必ずしも誰にとっても面白い作品とは限らない」という考えが根底にあって、話題になればなるほど読むのをためらっていたんですよ。
小説や映画作品の中心が人の死(私は勝手に“死ネタ”と呼んでいます)って、一番わかりやすくて、誰でも経験することで、悲しいにきまってるじゃないですか。
だから、死ネタで泣かす作品はフェアじゃない気がして。

でも、これは違いました。
確かに人が死にます。
というか、誰かが死んだ後の話ばっかり。
いくら4人に1人が癌という現代でも、静人にしろ蒔野にしろ、「人ってこんなに死に囲まれてるものだったかしら」と思いながら読んでいました。

で、静人の行なう“悼み”の本質は、亡くなった人がどんな人間であったかを忘れないと誓い、自分に刻み込んでいく行為なんです。
それを知った瞬間、私は滝涙でした。
何故ならそれは、私が常日頃感じていることだから。

「人は忘れられてしまったら、忘れた人にとっては死んだも同然。また、亡くなった人でもずっと忘れずにいさえすれば、ただ会えないだけの人と同じ」
10代の頃からずっとそう思ってきたから、人に忘れられるのは怖かったし、また逆に、私の中で、忘れたわけではないけど努力して思い出さない人もいる。
だからこの作品で書かれているように、事故や事件の凄惨さは報道されていろんな人が知っていても、亡くなった人がどんな人だったかなんて、知る人は少ない。

でも、作品を読み進めるうちに、作者の言いたいのはそれだけじゃなくて、命の重さは平等だってことか鮮明になってきます。
例えば戦争で亡くなった人。
原爆や東京大空襲があった日は誰もが覚えていて毎年供養もされるけど、本当はたくさんの人が、土地の人しか覚えていないような地方都市の空襲で亡くなっているのですよね。
そして新たに生まれる命もまた、平等に重いのです。


余命わずかな静人の母を中心にした坂築家のエピソードがすごくいい。
亡くなっていくお母さんの視点なのが斬新で、作家さんはよく勉強されたなぁと感心しました。
それから私と同世代のライター・蒔野の荒んだ生き方、彼の父親との溝や母親への思慕など、きっと他の読者さんは泣かないような箇所でも私は泣いていたかもしれません。

「自分流の解釈ですが、安らかにお眠りください、成仏してくださいという想いが、冥福を祈ることだと考えると、家族やゆかりのあった人は、死者の生前の姿を思い浮かべながら、祈るでしょう。でも見ず知らずだと、死者の姿を思い浮かべられないので、宗教施設などで神仏に祈るのと似た、やや抽象的な行為になるだろうと思うんです。ぼくは、亡くなった人を、ほかの人とは代えられない唯一の存在として覚えておきたいんです。それを<悼む>と呼んでいます」



ああ、まったく、私も同感です。





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