■ 慢性濫読 ■

最近めっきり物忘れがひどいので、簡単な読書メモです。ミステリ多め

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『クライマーズ・ハイ 』横山 秀夫  

クライマーズ・ハイ (文春文庫)クライマーズ・ハイ (文春文庫)
(2006/06)
横山 秀夫

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すごい力のある小説です。
途中、何度も泣きました。
私の血を沸き立たせ、鳥肌を立たせる要素がたくさん詰まっています。

ミステリにジャンル分けされてますが、殺人事件が起きて謎解きをする、といった類いの話ではありません。
1985年に群馬県・御巣鷹山に墜落した日航123便を追う地元紙の新聞記者たちの闘いを描いた話。
主人公は40歳、デスクを任されたベテラン新聞記者。
しかしヒーロー的な“仕事人”ではなく、迷いや憤りや暗い過去を抱えた実に生臭い人間味溢れる人。
しかも上司と部下の板挟みで、さらには反抗期を迎えた息子との不和など、いろんなものを抱えた痛々しい人です。

新聞社内では派閥や出世を狙っての抗争、主人公の周りでは親子・夫婦のあり方などが重く淀んでいて、その一方、谷川岳・一ノ倉沢の岸壁を登る17年後の主人公……

ああ、ついさっき読み終わったばかりで、まだ冷静なレビューが書けそうにありません。
追記では、個人的な思い入れなどを箇条書きにしました。

★★★★★


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■この世界最悪の事故が起きたその時、私は1ヵ月間に及ぶツーリングの真っ最中で、たびたび訪れていた長野県・駒ヶ根のユースホステルでこのニュースを知った。当初予定していた長野~群馬というルートを変更し、山梨経由で東京に帰ったことを覚えている。

■帰京して間もなくから約15年間、雑誌編集に携わる。その間に“Xデー”間近か?という緊迫した時期があり、各新聞社にいつもより多く輪転機を確保されたために発売日が遅れるかもしれないという危機に遭った(結局この時は、“冷凍保存”されてるだかなんだかで発売日に店頭に並んだが、ゲラ待ちのために普段は3日間で終わる出張校正が5日間もかかった)。
新聞屋ではなくて呑気な趣味の雑誌だったからなおさら、「あん時(墜落事故)、新聞社は版下やフィルムを用意する間もなかったから、印刷所は新聞に乗っ取られたみたいにもっとてんやわんやだったな」という上司や先輩の言葉を聞きながら、背筋が寒かった。

■事故当時、バイク仲間の一人に日航で国内線のメカニックとして働く誇り高き男がいた。担当は事故機と同型のボーイング747。お酒が入れば、「俺たちのお陰で今日も無事に飛んでるんだ」と胸を叩く彼が大好きだった。
原因を整備ミスとされたあの事故の後はほとんどバイク仲間の前に姿を現さず、約1年後、退職して郷里の熊本に帰ったと聞いた。

■事故の翌年、御巣鷹山の正確な位置も知らずに、神流湖から佐久へと抜けるお気に入りの御荷鉾スーパー林道を走りに行った。
ハイベースで舗装の進む道にがっかりしながら、途中、不釣り合いなほど立派な『中曽根なんちゃらかんちゃら』と彫られた石碑が不気味だった。

■事故の2~3年後、当時オートバイで林道を走るついで、というか横道というか、山歩きも始めた私。
いわゆる“山屋”の友達に頼み込んで、夏の谷川岳登山に連れて行ってもらう約束をした。
しかし、ツーリング中、たまたま野宿の出来そうな場所を探して土合から登った国道291線のどんつき、一ノ倉沢で岩壁の姿に圧倒され、おしっこちびりそうになり、スペースがあるにもかかわらず荘厳な姿の下で小汚いテントを張る勇気も厚かましさもなく、ひとつ下がったマチガ沢で野宿をした。
この小説の中で描写されている一ノ倉沢の様子、『圧縮された狭い空』との一節に、当時の記憶が鮮明に蘇った。
もう20年も前だというのに。
私が見たのは、霧or雲で最上部の見えない、どこまで続いているのか計り知れない岩壁だった(翌朝、マチガ沢のテントを抜け出して一ノ倉沢に戻り、『圧縮された狭い空』を目撃している。目眩で倒れそうになった)。
それは、この世のものとは思えないほどに巨大な墓標だった。
その時たまたま、沢で脚の傷口を洗うヘルメットを被ったクライマーの姿を見て、私は谷川岳登山を諦めた。
日頃オートバイで、山とほどほどにじゃれ合うだけの小娘が、神聖なる山屋の世界に足を踏み入れてはいけないのだ、と悟ったからだ。
それから結婚するまでの毎年、オートバイ、もしくは国道が雪に閉ざされていれば徒歩で、あの岩壁に祈りを捧げに行っていた。

■事故から3、4年後、当時はまだ少なかった墜落事故について書かれたノンフィクションを読みあさる。
角田四郎著『疑惑』を読んでショックを受けた(この本は誰かに貸したまま返ってこない。誰に貸したか覚えていないので、もしこれを読んで心当たりの人がいましたら、責めたりしないので返してください。絶版のようなので)。

■事故から約15年後、私の所属していたジャズバンドの若いベーシストくんと飲み会の席で話していたら、彼の以前の仕事は日航のメカニックだったと知った。
何たる偶然(しかも当時の彼の仕事は本の編集だった)。
それとなく「“あの事故”のことなんだけど…」と話を振ると、彼は怯えたように落ち着きなく周囲を見回した後、「その話はカンベンしてください。俺、事故当時はまだ小学生でしたから」と言いながらも、酒が進むに連れ、嘘で塗り固められた“体制”に我慢ならず転職したと口を滑らせた。

■事故から20年がたち、何%かは知らないがブラックボックスが公開され、私がアメリカで仲良くなった無二の親友は日航の元フライトアテンダント(スチュワーデス)だった。
事故当時は国際線に乗務していたが、事故後の社内の様子も各方面への口止めもよく記憶していて、「原因は整備ミスだと思う?」との私の問いに、「正直言って、社内でそう思ってる人は一人もいなかったよ」ときっぱりと言い切った。
長年の胸のつかえが降りた気がした。
当時20歳そこそこの小娘が憧れた、一人の誇り高きジェット整備士の敵を取ったような気がした。





……また再び、事実をベースにしながらもフィクションでしかないこの小説に、こんなにも魂を揺さぶられ、平常心を奪われるとは思わなかった。
やはり忘れてはならないのだ。
元上毛新聞記者である著者、横山秀夫氏に感謝したい。
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category: 横山 秀夫

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