■ 慢性濫読 ■

最近めっきり物忘れがひどいので、簡単な読書メモです。ミステリ多め

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『白い犬とワルツを』テリー・ケイ  

白い犬とワルツを (新潮文庫)白い犬とワルツを (新潮文庫)
(1998/02)
テリー ケイ

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内容(「BOOK」データベースより)
長年連れ添った妻に先立たれ、自らも病に侵された老人サムは、暖かい子供たちの思いやりに感謝しながらも一人で余生を生き抜こうとする。妻の死後、どこからともなく現れた白い犬と寄り添うようにして。犬は、サム以外の人間の前にはなかなか姿を見せず、声も立てない―真実の愛の姿を美しく爽やかに描いて、痛いほどの感動を与える大人の童話。



妻を亡くし、消沈していた81歳のサムの前にどこからともなく現われた白い犬。
近所に住む子供たちが毎日交代で様子を見にきたり、サムの身の回りの世話をやいてくれるが、最愛の妻に先立たれた孤独は埋められず、いつしか静かに寄り添う白い犬を心のよりどころにするようになる。
足の不自由なサムは、歩行器なしでは歩けないけれど、男として、一家の主として、また木の苗木を育てる職人としてのプライドは失っていない。
しかしやがて、サムも癌に冒されてしまう。



夫婦愛や老後の親子関係、人間としてのプライド、人生の終焉など、誰もが迎える“いつか”について、優しい目線と温かなエピソードで書かれています。

物語が始まって間もなく、サムが日記に

きょう妻が死んだ。結婚生活五十七年、幸せだった。


と書いていて、これには胸が締め付けられました。
57年ですよ?
これまでの私の人生よりも長い時間を過ごした奥さんとの時間を、『幸せだった』ってひと言で表現できるなんて。
そりゃ喧嘩したこともあっただろうに、終わってしまえばそれ以上でもそれ以下でもなく、ただ『幸せだった』んです。
相方に先立たれてそんなふうに思える人は、一体どれだけいるんだろう。

あと、心臓発作で倒れた奥さんを、足の不自由なサムが必死に抱きかかえ、ベッドに上げてやることができないことを悔しがり、すでに息のない彼女に口づけするシーンがあるんです。
なんかもうこれだけで、亡くなった奥さんも、最後は癌にかかってしまうサムも、どれほど幸せな人生だったかと思います。

アメリカ人は確かにすぐ離婚するけれど、髪が真っ白になって腰の曲がった老夫婦が手をつないでスーパーで買い物する姿もよく見かけます。
「この人とは合わない」と結論が出たら別れる……本当は当たり前なことなのに、日本人にはなかなか行動に移せないことですよね。
アメリカ人夫婦は、子供ができてもお互いを「パパ」、「ママ」なんて呼んだりしないし、もちろん家族は大切にするけど、そのなかにちゃんと夫婦という関係も大切にされてる……そんなところが一般的な日本人とは違うので、私などはなかなか感情移入できない作品ではありました。
でも、いつかは必ず自分にも訪れる最後の時に、「いろいろあったけど、おしなべて幸せだったな」と思えるような生き方がしたいと、しみじみ思わされました。

そうそう、読みながら思い出していたのは、映画『ドライビング・ミス・デイジー』。
この映画でも、今回の『白い犬~』でも考えさせられたのは、老人にも青春時代があった、ってこと。
いや、こんなことを言っては不謹慎かもしれないけれど、例えば自分の記憶の中にある祖父は最初からずっと“おじいちゃん”なんです。
でも、作品の中でサムが回想するように、祖父や祖母にも学生時代や恋愛や、情熱を傾けた仕事があったんですよね。
サムが子供たちには内緒で、自分で車を運転して同窓会に出席するシーンがあるのですが、櫛の歯が欠けるように、回を重ねるごとに出席者が減ってゆく同窓会が、「老いるってこういうことなんだな」とリアルでした。





★★★★☆



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